大判例

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高松高等裁判所 昭和47年(行コ)4号 判決 1973年3月31日

控訴人 高松刑務所長

訴訟代理人 川井重男 ほか三名

被控訴人 下村治郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人指定代理人らは原判決中控訴人敗訴部分を取り消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用認否は当審において左の主張立証を付加した外は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  原判決は監獄法第三一条、同法施行規則第八六条の解釈を誤つている、すなわち、原判決は未決拘禁者の図書閲読は、該図書の内容、当該未決拘禁者の性格、精神状態等に照らして、拘置目的、戒護を阻害し、刑務所拘置監の正常な管理運営に支障をきたす相当の蓋然性が認められる場合でなければ、これを禁止し得ないものとするが、右見解は誤つており、閲読が前記のような図書内容、当該被拘禁者の前記のような主観的事情に照らして、拘禁目的を阻害するおそれがなく、かつまた拘置監内の規律及び秩序を害するおそれがない場合に限つて閲読についての自由の保障があると解すのが正当である。

このことは(1) 多数の被拘禁者を収容する拘置監にあつては、その被拘禁者の智能、学歴、経歴、職業の相違、暴力団関係者その他いわば収容ずれしている者等、その多種多様の取扱い難い被拘禁者に適切な処遇を施すためには集団生活内部における規律及び秩序をみだすおそれある行為の発生の未然防止が何よりも必要で、そのためには拘置監内の視律および秩序を厳正に維持することが不可欠である。(2) これを図書の閲読について考えてみれば、閲読によつて起きることの予想される規律違反行為の態様はきわめて多様であり、原判決のいうごとく、閲読が拘禁目的を阻害し、あるいは戒護に支障を生じさせる可能性は少いものとは断定し得ない。(3) ことに高松刑務所においては未決拘禁者のみならず、改善困難と思われる成人累犯受刑者約四八〇名、実刑期七年以上の長期受刑者約一三〇名及び無期刑受刑者約四〇名を収容しているうえ、(昭和四六年一二月末日現在)現に刑務所全体の改築工事中であり受刑者の外、多数職員が右工事に勤務せざるを得ない状況にあり、受刑区はもとより、これに隣接する拘置監においても規律と秩序の維持についてはこれをみだすおそれある行為の事前抑止、除去の必要性はことに大である。

二  「実務六法矯正編」は一般市販の図書ではなく、原則として矯正職員を対象とし、例外的に矯正事務に関係ある裁判官、検察官等に限り販売しているものである。したがつて被控訴人において該図書を購入し得る立場になかつたことも控訴人の処分の当否の判断に当り考慮されて然るべきものである。のみならず、購入出来ない場合にも、出願の利益を欠く以上不許可の処分をなすべきものである。

三  また原判決には事実認定に誤りがある。本件各図書の内容、被控訴人の性格、従来の行状、拘置監の実状に照らせば、被控訴人に本件各図書を購読させた場合には少くとも被控訴人が処遇に関する苦情を申出でたり、職員に対し議論を挑み、あるいは職務の執行を率制し、処遇の緩和を計る等の挙に出るおそれは十分であるというべきであるから、まさに原判決のいう前記「相当の蓋然性」があるというべきであるから原判決の「相当の蓋然性」を前提としても本件不許可処分は適法であるといわねばならない。

四  なお被控訴人の本件各図書購読の必要性の判断に当り、控訴人としては通常所内において訴訟の提起等の手続をとる場合はあらかじめ訴状等の「認書」を出願させた上、認書及びそれに必要な図書の閲購読等を許可する取扱いとしていることは被控訴人において熟知しているにもかかわらず行政訴訟をするためと称して直ちに本件購読願を申出たもので、この段階においては被控訴人の在監中の行状、過去の服役態度、性格等に照らして処遇緩和を計るため訴訟提起に藉口して出願したものではないかとの疑念を否定できなかつたものである。<証拠省略>ただ真実行政訴訟の提起の意図ある場合をも考慮し、当面の準備として十分である「註解書式全書行政争訟編」の購読許可をしたものである。

五  また「行刑法教室」には監獄法令の解釈、矯正に関する訓令、通達等の解釈、紹介の外、監獄内における法律の適用、矯正当局のとつている施策に関する専門的知識なくしては到底理解し難い内容を含んでいるだけでなく、罪証隠滅防止のための実務上の処理方法、逃走防止方策、規律違反行為に対する防止策、ひいては監獄の存立の危険を事前に防止し、または事後に鎮圧する方策等が随所に記載されていて、冒頭掲記の基準に照らすと、これを処遇緩和に利用し、起律、秩序の維持ならびに運営管理を害するおそれのある図書である。

「監獄法」についても同断である。

(証拠関係)<省略>

理由

未決拘禁者が拘禁に伴い身体的自由その他各種の自由の制限を受けることは当然であるが、その制限の限度は拘禁の目的に照らし、合理的と認められる範囲に限られねばならないものであるというべく、この点についての当裁判所の判断は原判決理由一、1、2記載中のこの点に関する部分(原判決九枚目表三行目から一〇枚目裏六行目まで。)と同一(但し、右末尾につづけて「そして右制限が合理的なものといえるかどうかは未決拘禁制度の目的ないし性格からする制限の程度と制限ないし禁止さるべき未決拘禁者の権利自由の内容、制限禁止の態様との較量の上に立つて決せられるべきものと解すべきである。」を加える。)であるからこれを引用する。

しかして本件図書閲読不許可処分の当否についての当裁判所の判断も結局これを違法と認めざるを得ないと考えるものであつてその理由は原判決理由の記載(原判決一六枚目初めから一九枚目裏一一行目まで)と同一であるからこれを引用する。

(当審における控訴人の主張について。)

一  控訴人主張一について。

控訴人の監獄法第三一条同法施行規則第八六条の解釈についての主張には賛同し難く、また主張のように刑務所の規律、秩序の維持の必要性、これをみだすおそれのある行為の未然防止の重要なことはその主張のとおりであり、これに主張のような事情を考慮しても本件各図書の閲読を禁止しなければならない程度に拘禁目的を阻害し刑務所の正常な運営管理に支障を来す相当の蓋然性があるものとは到底首肯しがたい。

二  控訴人主張二について。

本件「実務六法矯正編」は矯正事務に関係ある者以外の新本購入は困難であることは<証拠省略>により明らかであるから、被控訴人において該図書を入手し得る機会は極めて少い(新本購入が不可能としても必ずしも他の入手閲読方法まで全く閉ざされているものとはいえない。)ものといえるが、控訴人において右本件図書の購読願を不許可としたのはその内容に因るものであり、購入の困難と、内容自体が閲読に不相当なものであることとは別個の問題であるから、右の事情をもつて控訴人の不許処分を正当なものとはなし得ない。

三  控訴人主張の三及び五の点について。

控訴人はまた本件図書の閲読を許可するときは被控訴人の性格、従来の行状その他に照らし、刑務所の正常な管理運営に支障を来す相当の蓋然性があると主張するけれども、そのように解せられないことは前説明(原判決引用)のとおりである。なるほど本件図書には戒護、検索の内容、武器、手錠、捕錠などの使用について、あるいは収容者の通謀、自殺防止などについての通達の類またはその説明、現行監獄法令を批判した裁判例などが記載せられており、これらを閲読した被控訴人において、過去の経歴、性格等に照らし、これを主張のように悪用するおそれが皆無であるとまでは断定し得ないところであろうし、又一般的にもかかる通達は監督官庁の下級官庁に対する内部的指示であつて、その内容からして上記の類の通達等はこれを被拘禁者に知らしめない方が管理上は便であるとはいえようが、他面これらの通達もまた概ね法令と一体となつて被拘禁者に対する処遇その他実際の管理、運営が行なわれているものであるから、これを訴訟の提起などの目的で被拘禁者が閲読を希望する以上、その閲読の必要度も大であり、上記のような幣(原判示をふくむ。)を考慮しても閲読を禁止すべき程度に刑務所の管理運営上支障が生じる相当の蓄然性があるものとは考えられない。

四  控訴人主張四について。

被控訴人が提出した本件図書の各購読願には「行政訴訟提起のため」と記載されており、<証拠省略>控訴人において、主張のような事情からこれを単に処遇改善のための藉口にすぎないのではないかとの疑念をもつたことも首肯し得ないではないが、被拘禁者の側で右のように表明している以上、主張のような事情からだけではこれを拒否する事由とはならないし、これに関連する他の図書の閲読を許可したとしても何ら本件図書の閲読禁止の処分の当否に影響するものではない。

そうすると結局控訴人の処分を取消した原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却するものとし、控訴費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎 石田眞 谷本益繁)

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